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アフタヌーンティー、グルメ、その他趣味の記録

アフタヌーンティー、グルメ、食べ歩き、その他趣味の記録

2007年10月19日

標高4,335mを超えて〜クスコからシユスタニ遺跡へ −マチュピチュに行きたい 〜PERU

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本日はほぼ移動日、そしてクスコを超えるこの旅最高標高を超えるということで、多くの人が緊張している感じです。

出発直後に「パスポート忘れました」事件があったものの、酸素ボンベを乗せたバスは絶好の青空の下、ラ・ラヤ峠に向かいます。

途中の町オロペサでは、有名な巨大パン、チェタロサを添乗員さんがプレゼントしてくれたため、みんなで大撮影大会&試食会。「おいしいことで有名」と聞いていたのですが...う〜ん、そんなにでもないかな(笑)。

その後トイレ休憩で立ち寄った、広場のあるお土産屋さんでは、リャマやアルパカを「何故そんなに?!」と言うほどみんなで追い回し、写真を撮ったりもしました。

私は結構冷静だったと思うのですが(?)、...まだ標高が高いということを忘れている人も多いようです...。

ラ・ヤマ峠数時間走ったのち、ラ・ヤマ峠に到着しました。抜けるほどの青空と澄んだ空気が手伝ってか、私は高山病を忘れるほど快調!ということで、まっ先にバスから降りて、「4,335m」の表札と記念撮影をしました。

ここには観光客用の露店が出ているだけで、あとはトイレもお店もありません。車も時々しか通らず、道の真ん中で寝っ転がって記念撮影をする人も出てくる始末。

あとは峠を少しずつ下り、少し大きな町(プカラフリアカ?)でお昼を食べたあとは一路シユスタニ遺跡へ。途中、インカコーラの工場や、道端で自転車や自動車の修理を行う人など、ペルーの生活の様子をわずかに覗いて、しばらくバスに揺られます。

シユスタニ遺跡シユスタニ遺跡はプレ・インカ時代からインカ時代にかけて作られたと思われる石造りの塔のお墓群です。

ここに到着した頃、添乗員さんはMAXの高山病に苛まれ、相当辛い様子でした。現地のガイド氏は英語しか話さない方だったのですが、今回のツアー、驚くほど英語を話せる旅慣れた人が多かったため、代わる代わるに質問をし、日本語で周囲に説明し...と見学を進めていきました。

遺跡の入り口には観光客向けのお土産屋台(もう、かなり見慣れた光景...)の大人にまじって、近所の子供たちが数人いました。ガイドブックで読んで知ってはいたのですが、観光客がくれるアメやチョコレートを目当てについてくるのです。

このお墓、もちろん位の高い人のお墓で、豪華な装飾品などが一緒に葬られていたため、スペイン統治時代に荒らされ、宝物は奪われ、そして納められていた人骨はそのあたりに投げ出され、今は瓦礫とともに砂に紛れているそうです。つまり...私たちはそれらを踏んでいるわけですが...。

崩れかけた塔には守護神である「とかげ」が彫られているのがわかります(中)。

遺跡をしばらく歩いていると、ウマヨ湖にテーブル型の島が浮かんでいるのが見えます。ここはアンデスを代表する動物の一つ、ビクーニャを保護している場で、この島には(確か)100頭ほどのビクーニャとそれらを世話する家族が住んでいるそうです。

観光客は入ることが許されず、守られているのですが...どのぐらいビクーニャが稀少かというと、数年前ビクーニャを違法にハンティングした人が(確か)6年以上の禁固刑に処せられた...ということでもわかります。

そしてビクーニャの毛でもしポンチョを作ったら!30万円ぐらいするらしいです(確か。数字ってすぐに忘れてしまう...)。

遺跡を1時間ほどかけて周って、プーノのホテルに向いました。プーノはクスコよりも若干標高が高いので、多くの人が高山病に悩まされたままディナーへ行くはめになるのですが...(幸い、私は絶好調で、夕食もおいしくいただきました)。

観光日:2007/06/27

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